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さあ、英語を教える仕事をしよう

 塾長の中川です。


 創価大学在学中に僕は妻と結婚しました。一年生の時のフランススクーリングで彼女と出会い、三年生の時に再会しました。再会して話をしていくうちに、直感で「俺は彼女と結婚する。」という気持ちになりました。


 それからは、あっという間でした再会して半年後には籍を入れていました。今思えば彼女と結婚したことも、僕の人生にとってなくてはならないことだったのです。結婚を機に妻の実家である山口県に引っ越しました。


 妻の家業を手伝いながら、大学の勉強、英語の勉強、経営の勉強を続けました。卒業したら「英語を教える仕事をするぞ!!」と決意していました。しかし、その時は具体的にどのような形で仕事をするか決まっていませんでした。


 大学卒業後は、妻の家業を続けていました。休みがない仕事で、労働時間も拘束時間が24時間でした。長男が誕生したのに、ほとんど家に帰れない状況が続きました。「英語を教える仕事をして、優秀な人材を育てたいから塾を始めるぞという気持ちだった。」というとかっこいいのですが、実を言うと、「どうにか今の状況から抜け出したい。」という気持ちが強かったと思います。


  お義父さんは、僕に家業を継いで欲しかったと思います。実際に、「わしの仕事を継げばいいのに。」と言われたこともありました。しかし、僕は自分がワクワクしない仕事を受け継いでも、事業を発展させることはできないという気持ちを持っていました。また、「もっと子どもと一緒にいたい。」という気持ちが強くありました。


 妻は、結婚する時に「勇一さんは英語を教える仕事をするという夢があるから、この仕事は継がないよ。」とお義父さんに話してくれていました。


 なので、僕はお義父さんに本気で英語を教える仕事がしたいんだということを行動で示そうと思いました。仕事中に英語を勉強している姿を見せたり、塾を経営されている方の所に相談に行ったり、児童英語教室の資格を取ったりしながら「この仕事は継ぎません。」というアピールをしていました。


 今、考えればお義父さんも辛かっただろうなと思います。ただ、その時の気持ちを数年経ってお義父さんから聞いた時に、感動で涙が止まらなくなりました。その事に関しては、いつかブログに書かせていただきます。


 お義父さんに「僕は英語を教える仕事をするので、会社をやめます。」と伝え、妻と一緒に山口県周南市にある妻の実家で生活する事になりました。


 「英語を教える仕事をするぞ!」と決意は強かったのですが、具体的に何から始めていいか分かりません。”教室はない、資金はない、生徒さんはいない、経験もない。”本当に何もない状況で、平成15年11月18日に開業届を出しました。


 とりあえず、何か始めないといけないなと思い、妻のお知り合いで中高生のお子さんがいる所に、塾を始めますという挨拶に回りました。最初は教室もなかったので家庭教師から始めました。初めて授業料を頂いた時の感動は今でも忘れません。


 「自分の力で生きている。」仕事をしてきて初めて感じた感覚でした。


 ありがたい事に、何名か家庭教師をお願いしてくださる方が出てきました。また、児童英語教育の資格も取っていたので、児童英語の教室を開校する資格も得ていました。さらに、「僕に英語を教えさせてください。」とお願いさせてもらったご家庭もありました。


 そのような感じで、少しずつ生徒さんが増えていきました。しかし、授業料を計算すると、とても家族を養っていけるような状態ではありませんでした。


 「今のままだと、続けられないなぁ。」「教室は必要だよなぁ。」「事業の基盤になる授業を提供しないと厳しいなぁ。」と夢だけでは事業はできないという現実を叩きつけられました。

 



 

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